ソフトバンクのリーグ優勝から一夜明け、飛び込んできた驚きのニュース「内川聖一 ソフトバンク退団へ」。横浜(現DeNA)~ソフトバンクに移籍、4度のリーグ制覇、6度の日本一に貢献した内川。
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5月10日、YouTubeに一本の動画がアップされた。『HAMASTA 40th ANNIVERSARY special movie long ver.』と題されたそれは、4月の横浜スタジアム40周年記念イベントで流された映像のロング・ヴァージョン。1978年4月4日の記念すべき初試合に先発した斎藤明夫や当時の主砲・松原誠が横浜移転当初の歓迎ぶりを語り、他球団のコーチを務める田代富雄に石井琢朗、金城龍彦までコメントを残してくれた。
特に98年の優勝を引っ張ったチームリーダーでありながら最終的に横浜を去った石井琢は「やり残したという気持ちはすごくありました」とヤクルトのユニフォーム姿で告白した。チームも琢朗も、ファンもみんなが苦しかったあの時代を知る人は、この時点で涙腺が潤んでくるのではないだろうか。
ウッチーは映像の中で、FA移籍した当時をこう語る。
「本当は何も言わずに出ていくことが一番綺麗に出て行けたのかもしれないですけど、僕はどうしてもチームの状況を変えたかったですし、どうにかしたかったという思いの中で、思っていたことを全部言わせてもらってチームを出ましたので、あいつ好き勝手言いやがってというファンの方もいたかもしれないけど、そこに愛情があったからこそ、言わなくてはいけないと思っていた。でも今、チームが生まれ変わって日本一を争うようになってくれたことは素直に嬉しく思っています」
さらには日本シリーズで古巣と戦ったことについても「僕らのときにはそういう環境にファンの方を連れて行くことが出来なかったので、嬉しかったですね」と笑顔で話すウッチー。まさかこんな日が来るなんて思わなかった。彼の心の片隅には、ベイスターズへの思いがちゃんと残っていたのだ。
筆者は昨年ベイが日本シリーズに進出したことの意味の大きさを改めて感じた。ハマスタ40周年という区切りがあったとはいえ、昨年の躍進がなければホークスのキャプテンを務め、主軸に座るウッチーが横浜球団の公式映像に出演してあの頃を振り返るなんてことはなかったんじゃないか、と。
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